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十九
黒い精霊獣の彼を見て乙女ゲームのシーンを思い出した。ゲームの終盤ーーヒロインとの戦いに敗れた悪役令嬢エルモ・トルッテと黒い精霊獣。
(白い精霊獣を攻略しないと見られない……悪役令嬢と黒い精霊獣の寄り添う最後のシーン)
エルモの身体中はヒロインとヒーローのよって、大傷を負っていた――それは、彼女と共に戦った黒い精霊獣もだ。
黒い精霊獣に支えられる、ボロボロのエルモ。
『ごっ、ごぼっ、ハァハァ……私はもう、もたないわ――私を置いて行きなさい』
とぎれとぎれの声……エルモはもう自分の命が尽きるのをわかっていた。意識があるうちに逃げなさいと黒い精霊獣に伝えても、彼は瞳に涙を浮かべて首を振り、愛しいエルモの頬に頬ズリをする。
『嫌だ! 俺もここで、お前と共にいく』
『な、何を言っているの? 愛してるの、あなたは生きて……」
『俺だってエルモを愛している! 俺たちはずっと一緒だ!」
二人は見つめあい、最後のキスをする。
『グッ…………ハァハァ、いいのね……私の愛しき黒い精霊獣ティーグル』
『ああ、俺の愛しき姫……エルモ』
二人は寄り添い、二度と目を覚ますことはなかった。
(そのシーンで泣いた……ゲームでの悪役令嬢エルモはかぎりなく悪に染まったけど……最後のシーンは何度も見たし、好きだった)
――あの姿は忘れもしない、黒い精霊獣だわ。
乙女ゲームのように動かず物語を変えた、だから終盤になっても、黒い精霊獣はエルモの前に現れなかった。そのとき思ったの。もしかして私のわがままで、黒い精霊獣の存在を消してしまったと……
よかった、あなたは消えていなかったのね。いま、村の中央広場で、仲間と楽しそうに戯れあいお酒を飲む。
「……ティーグル」
エルモは感動のあまり、しらずに彼の本名を呼んでいた。
「おい、なぜ? お前のその名を知っている?」
何処らから、聞き覚えのない男性の声が聞こえた、エルモはハッとして辺りを見回すも、月明かりの下、声の主の姿は見えなかった。
「……だ、誰?」
「誰でもいい! 何故? お前は奴の本名知っている? その名は心を許した者にしか教えない名だ!」
ーー本名? 心を許した?
し、しまった。黒い精霊獣に感動して、しらずに彼の名前を呼んでいた。この姿のみえない声の主に。前世、乙女ゲームで知ったと言っても信じないだろう……なんとか、誤魔化すしかない。
「しょ、書庫に置いてあった書物……そう、書物に載っていたの」
ああ、なんて苦しい言い訳……
「書物だと……そんな事あるわけない! お前は嘘つきだな。ーーだが、いまはいい。オレはお前に聞きたいことがある」
「私に聞きたいこと?」
「お前はアレを見て恐怖しないのか?」
アレとは?
「もしかして、広間で酒盛りをする獣人達のこと?」
「そうだ、お前と見目も違う種族、怖くはないのか?」
「私は……怖くないわ」
「怖くない? お前達、人間とは異なる者だぞ!」
「だからなに? 私は彼らに何もされていない。ただ、違うだけで怖がったりしない……怖いものは他にある」
いまだにみる、貴族だった頃の夢。
あの人達の歪んだ顔と醜い言葉。
『君を見たくない、僕の前から消えてくれないか?』
『貴方がしっかりしなかったせいで、わたくしたちはいい恥晒しよ!』
『エルモ、一族の恥晒しめぇ!!』
『お前など要らぬ、何処にでも行ってしまえ!』
他にもたくさん言われた……
「…………あ、ううっ……うっ」
泣いたのを気付かれないよう、キツく唇を噛んだ。
でも、漏れてしまう声と涙。
「すまない。……どうやらオレはお前に、嫌な事を思い出させてしまったようだな」
必死に首を振った。
「平気、いまが幸せだから……」
「幸せ? お前はいま幸せなのか?」
コクコク首を振った。
「私はこの国にきて間もないけど……優しいグルさん、グレちゃん、おばちゃん達に会えた。たくさんの優しい人に出会えた幸せ者なの」
何処から見ているかはわからないけど、
幸せだと伝えたくて、精一杯微笑んでみせた。
「……いい笑顔だ。オレも最初に出会ったのがお前だったら、裏切られずにすんだのかもな」
「え?」
ーーいま、裏切られたと言った?
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