二十九

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二十九

 落ち着け"大丈夫だ"と自分に言い聞かせて、彼に頭を下げた。 「こんにちは騎士様、私に何か御用でしょうか?」  エルモがそう言うとは思っていなかったのか。アルベルトは一瞬だけ、面をくらった表情を浮かべたけど、直ぐにニヤニヤ嫌な表情に戻る。 「ハハハッ……何か御用だって? 他人行儀な挨拶だなぁ、エルモ嬢」 「エルモ嬢? 私は普通の村娘ですよ、騎士様」 「ハァ? 君はエルモ嬢では無いと違うと言うんだな……フゥーン。まあいいさぁ、村のお嬢さんが『捕まろう』と、俺には関係ないし。じゃーなぁ村娘のエルモ!」  え、いま『捕まる』とアルベルトは言った。そのアルベルトは手を振り、前から去っていく……止めたくはないけど『捕まる』と聞いて、気になり彼を止めた。 「ま、待って騎士様。捕まるとは? どういうこと?」  止めるのがわかっていたのか、アルベルトはすぐに足を止めて振り返り、楽しそうにニヤついていた。 「なに? 令嬢じゃなく、村娘のエルモは気になるの?」  うっ 「べっ、別に」 「ハハッ、強がるなよ。顔に「気になる」って書いてあんぞ。まあいいや、お前の元婚約者のエルドラッド殿下がさぁ〜俺に手紙を送ってきたんだよ」 「手紙? なぜ騎士様に?」  彼は両手を広げて「そんなこと知るか」と、大袈裟なジェスチャーをする。 「その内容について、エルモに教える義理なんてない。お前のせいで俺は婚約破棄されたんだからな。あのままレイナ嬢と結婚でいていれば、俺はリリアのそばを離れず、こんな所で騎士になんてならなくて済んだ」 (レイナ様と、婚約破棄?)  アルベルトは睨んできたけど――そんなことはどうでもいい。そっか、レイ……良かった。この男と婚約破棄したのね……婚約者をほったらかしにするような男は、真面目なあなたには相応しくない。  婚約破棄の一週間前――彼女は私に告げた。『エル聞いて、私ね。アルベルト様の他に……好きな人が出来てしまったの』と。 (アルベルトとレイが婚約破棄をしたのなら、学園の書庫で出会った……伯爵家の彼と結ばれたの?)  そうだとしたら、なんて喜ばしいこと。 「チッ、何を笑ってんだ〜? エルモ」 「なるようになったの――騎士様は婚約者の方を放置過ぎたのよ……彼女は寂しがっていた。あなたがリリアにうつつを抜かさなければ、レイの気持ちは離れなかったわ!」  彼女はアルベルトが好きだった。あなたがリリアと寄り添い、笑い合うとき……彼女は傷付き、悲しさに大粒の涙をこぼした。 「あなたなんかに、彼女の悲しみなんてわからない!」 「うるさい、自分はどうだ? リリアちゃんに王子を取られて? あんな大勢の前で恥をかかされて、公爵令嬢から村娘にまで落ちた気分はどうだ? 最悪だろう?」  ――どうって? 私は笑った言える。 「全然最悪じゃない! むしろいまの方がとても幸せよ。だって私……」 (えっ!)  朝、グルに貰ったペンダントが胸元で光を放ち。 「「好きな男ができた」だよな、エルモ」 「グッ、グルさん!」   光の中からとつぜんグルが現れて、エルモを抱き寄せた。
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