五十六

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五十六

「……図星で、言い返せませんよね」  エルドラッドがリリアの部屋に慌ててきたのか、側近だけを連れて護衛の騎士を連れずにきたのが幸い。  毒草を消して、グルの魔法でとっとと逃げる。 「殿下と話すことはないですわ。グル、いきましょう」 「ああ、いこう。あれ? 兄貴? 兄貴がいない」  そばにいたグレの姿が見えない、グルが呼ぶと、隣の部屋から声が聞こえた。   〈オレはとなりの部屋にいるぞ。その子が集めた毒草は全て消したよ……結構な量の毒草があったからたいへんだった……グルのポーションあとでちょうだい〉 「わかったよ。兄貴、ご苦労さま。これでシルワ様に頼まれた用事は終わったな……俺たちの家に帰ろう」 「かえりましょう。グル、グレちゃん」 〈帰ろう、村のみんなも待ってる〉  部屋をあとにするまえ「さようなら」の意味も込めて、エルドラッドに向けスカートをもって頭を下げた。  ――二度と会わない。 「ま、待てエルモ。どうしてだ? あんなになりたかった王妃になれるのだぞ。この機会を逃したらもう二度となれない」  どんなに言ってもなびかないエルモに、エルドラッドは不思議そうな瞳を向けた。  なぜわからない……冷たく突き放したくせに。 「エルモ、大丈夫か?」  心配そうに見つめるグルに微笑んで、手をにぎる。    最愛の人。  離れたくない人。  これから一緒に歩く人。    これが最後だと、エルモはエルドラッドに気持ちを伝えた。 「殿下、私は王妃になりたかったわけではありません。学園に入学するまで殿下をお慕いしていたからです。あなたの隣に立ち、あなたを支えたかった……それだけの思い出で、王妃教育を受けいました」 「…………」 「学園を卒業して――殿下に婚約破棄されてからはどうでも良くなりましたわ……家も追い出されましたし。エルドラッド皇太子殿下、これからは最愛のリリア様と共にファーレズ国をお守りくださいませ――行きましょう、旦那様」 「リリアは無理だ、王妃教育を受けたがらない」   「そんなのあたりまえだわ」    きびしく、むずかしい王妃教育。  私だって、なん度も根を上げた。  逃げたいとも思った。  あなたが「一緒にがんばろう」と言ってくれた、優しい言葉を胸に必死に食らいついたのだ。 「いまいちど、お考えくださいませ。私は婚約者となってから十年以上をかけておぼえてきました。その量をリリア様が一年やそこらで覚えれるはずかありません。――殿下が人と比べるのではなく、隣で手をとり助けてあげてください、あなた達は夫婦となるのでしょう? あの日、選んだのは殿下あなたです」 「…………」 「あの日、あなたが婚約破棄しなければなにも変わらなかった。しかし、あなたは私ではなくリリア様を選んだのですわ。だったら、できないからと放置するのは酷すぎます。大切にしてあげてくださいませ」  この人の前で涙を流したくなかった……でも、瞳からポタポタ涙があふれる。それはエルドラッドを思ってではなく……つらかった、王妃教育を思い出したからだ。  ――言いたいことは、言い尽くしたかも。  グルはなにも言わず涙をハンカチで拭いてくれた、優しいグルを見上げて"にへへっ"と笑った。 「ありがとう、グル」    つづけて――ここにいる、グルとグレちゃんにしか伝わらないサーティーアの言葉で。 「グル、大好きだよ」 「……おっ、おお、俺も大好き」 「うん、知ってる。さぁーて、グル、グレちゃん帰ろう」  足元にいる、グレちゃんを抱っこして隣でグルが詠唱を始めると、足元に転移魔法の魔法陣があらわれる。  自分に力がないと知ってから、ずっと呆けているリリアにエルモは声をかけた。 「リリア、王妃教育は一筋縄じゃいかないからがんばって。二度と毒草を触るな今度は助けないよ。それと、出番の終わった悪役令嬢に頼らないの。あなたはこのゲームのヒロインなんでしょう!」  エルモと、リリアにとっては懐かしい言葉。  ハッ、と顔をあげたリリアに"バイバイ"と手を振り、きえた。  
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