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七
「………う、ん……眩しい」
カーテンのかかっていない窓からはいる、朝日で目が覚めた。(フカフカ、お布団最高!)きのう窓枠で干した布団は気持ちがよく、ひさしぶりに嫌な夢を見ずに眠れた。
(いま、何時だろう? こんなにゆっくり寝たのって、いつぶりかしら?)
エルドラッドの婚約者だった頃は悪夢にうなされて、あまり寝た気がしていなかった。目が覚めてきて、エルモはおかしいなことに気がついた。
――私の後ろに誰かいる!
その誰かは、エルモをうしろから抱きしめるようにして眠っている。これって地主のおばちゃんが話していた。
噂の幽霊? …………でも、なにかが違う。
温かな体温と、うしろで気持ち良さそうな寝息が聞こえている。それにいまは朝だから幽霊がでる時間帯では無い。
(そうなると、この人は誰?)
と、エルモはクルッと、ベッドの中で寝返りを打った。
――えっ?
隣にエルモと同じくらいの男性が、ぐっすり眠っている。窓から入る朝日に照らされて、サラサラな黒い髪と、浮き彫りになる男の胸板。
き、きれいな寝顔……じゃない。
……まさか、お化けがでる家に年頃の女の子が入居したと知って、はいってきた変質者、変態?
「………!」
慌てて、自分のキャミソールの下に手を伸ばして確認した。よかった、ちゃんとパンツ履いている。じゃあ、この人は女の子の横で眠りたいだけの変態。
どちらにしても、この状況はよくない。
エルモはベッドからでようとしたけど、男の腕が体に回されていて身動きが取れない。
どうするかを迷っているうちに。窓から入る朝日が眩しいのか眉をひそめて、もぞもぞと動き男が目を覚ました。
「んっ、ふぁ、あ? あぁあ? ……お前は誰だ?」
男は隣にいるエルモに驚き腕の力が抜けた隙に、かけ布団を引っ張って窓際まで逃げて。
「そ、それはこっちのセリフです! あなたこそ誰ですか?」
「ん? 俺か、俺はこの家の持ち主だけど」
ーーこの家の持ち主?
「ええ! 噓よ! この家はきのう、地主のおばちゃんにもらった私の家です」
男はもらった家と聞き『……ばっちゃん、またかよ』と起き上がり、頭をガシガシかいた。
「……ばっちゃんめ、しばらく薬草摘みに行くから家を開けると伝えたのに……もう、何回目だよ! 独り身を案じてくれるのは嬉しいけど、今回はダメだろう」
と、男はブツブツ、独り言をいだした。
その男の言葉に、引っかかる点があった。
「しばらく薬草摘み? 家を開ける? この家って何年も前から空き家じゃないの?」
「なんだも言うけど。この家は空き家ではなく俺の家だ!」
「そ、そんな……いい家を貰ったと思ったのに……」
「ハハッ、残念だったな。ここは魔法使いの家だからな」
「……ま、魔法使い!」
魔法使いって魔法省だけじゃなの。
ちがう国だと普通にいるんだ……魔法と魔法使いのことは王都学園の授業で「薬草などで薬を作り、火水風地属性の魔法を操る」と習った。
「ハァ、しかたねぇ。面倒だがばっちゃんのところに行かないと」
男はキッチンに置いてあるパンをかじり、棚から湯沸かしを取りだすと、魔法で水をだし、コンロに火をつけてお湯を沸かし、一人分のコーヒーをカップにそそいだ。
その、一連の動作に見惚れて気付かなかった。
この人がいまかじったパンは、エルモがもってきたパンだということを。
「それ、わたしのパン……」
「これ、お前のパンか? どおりで、いつものよりうまいな、少しもらった」
「貰った、じゃありません!」
その大きさなら二日は余裕であるから、せめてナイフで切って食べて欲しかった。
「クックク、泊めてやった宿代だ」
「宿代? いやです、わたしはここからは出て行きません」
「おいおい、出て行かないって。ここは元からここは俺の家だ、お前は自分の家に帰れ!」
「家? 家はむりです……帰れません」
「はぁ? お前、家出娘か?」
「違います。………家を追い出されました」
男はエルモが家から追い出されたと聞き。何も言えなくなったのか、エルモに半分かじったパンと、飲みかけのコーヒーをくれた。
「これ、食べかけのパンと飲みかけのコーヒーですけど?」
「ちょうどコーヒーが切れた、要らないのだったら返せ、俺が飲む!」
「嫌です! ………あ、あの、それと、何か服を着てください」
この人、ずっと、パンツ姿だった。
「あ? 自分の家の中で、どんな格好をしようと、俺の勝手だ」
「それはそうですけど、風邪をひきますよ」
「フン、ひかねーよ」
そっちがそうなら、エルモだって気にしない、しっかりとパンツを見た後だし。男がかじったパンをかじり、飲みかけのコーヒーをひと口飲んだ。
――甘い、ミルクと砂糖入りのコーヒーだった。
「………甘くて、美味しい」
いつもは紅茶だったからコーヒーを飲むのは久しぶり。男はコーヒーを嬉しそうに飲む、エルモを見て奥の部屋へと消えていった。
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