①ありえないプロポーズ

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 そんな札幌小樽という北海道の都市部で、手広い事業を展開させている会社跡取り息子の妻にという話が来るだなんて青天の霹靂。お客様と販売員の関係だったのに、そんないきなり『嫁姑になりましょう』とにこやかに言われても杏里も困惑するだけだった。  だがそこは会社員かな。上顧客であったため上司にまで手が回り、『食事だけでもいいだろ。行ってこい。お母様としては息子が気に入らない可能性のほうが高いから、武藤が断ってもまったくかまわないと寛大に申してくれていることだし、仕事にも影響はさせないと俺と約束してくれた』というので渋々、仕方なく、仕事の一環だと思って会いに行ったら、気に入られてしまったのだ。  そのうちに彼と休日に会うようになると、彼からもはっきりと言われた。 「まず母が気に入っていないといけないんですよ。それ第一条件。そして僕が気に入らないといけないんですよ。これ第二条件――」  そんな家だから、嫁姑問題でごたごたするような要素は取り除きたく、まずは母親の顔色を窺っているという。  父親は暴君で好き勝手をする三代目だから、本当の意味で世の中や人をよく見て人員整理に長けているのは母親だ、その母が貴女を選んだから間違いない、と彼が言う。  世間一般ではこれこそ『マザコン』と蔑むだろう。母親の意見など気にせずに己の選択ができるのが自立した大人の男というもの。それでも杏里が受け入れてしまうのは、彼の母親に顧客として接してきた外商員として、彼に会う回数よりも遙かに超える数だけ会ったお母様の人柄を知っているから。
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