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②愛人と会う
その老舗割烹の和室で、杏里と彼と彼女が向きあう形で食事の席に着いた。一対二の体勢にさせられる。
最初はもちろん、彼女が杏里を一瞥する目線は鋭かった。いわゆる女の艶やかさをまとった長い黒髪の美人であって、女の香りに溢れていた。
彼にべったりと寄り添って甲斐甲斐しく世話をして、私たちがどれだけ長く愛しあってきたかということを杏里に見せつけてきた。
その様子を杏里は目を丸くしながら眺めつつも『跡取り息子って大変。好きな人と一緒になれないなんて――』時代錯誤だなというのが杏里の本音だった。
彼女が奥さんになればいいのに。お母様が気に入らなかったから? なにその条件……。情けない、彼がきちんと彼女を守って説得すればいいじゃない。なに愛人って……。バカバカしい。家の事情や環境、彼の母親の気持ちなど重々承知ではあったが、やはりおかしい。そこは彼と彼女がそこまで愛しあっているなら勝ち取るべき物なのではないのか! 杏里は急に目が覚める。
そうだ。これって断るキッカケにならない? 杏里は意を決して密着して楽しそうに食事をしている彼と彼女に声を張る。
「樹さんがきちんと彼女と結婚できるように、ご両親を説得すべきなのでは。その後も彼女を守るぐらいのお力はお持ちだと思います。愛人だなんてやめてあげてください。きちんと妻として愛してあげてください」
そう言った途端だった。熱い情愛を見せつけていた彼女が正座を直し、杏里へと楚々と向きあう姿勢を見せた。
しかも丁寧に手をついて頭を下げ始めたので、また杏里は仰天する。
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