②愛人と会う

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「私、子供が産めません。十代の時、彼との子供を流して以降産めない身体になりました。この家の妻にはなれません。私がこの人の家にはいると、お父様が激怒されるのです。つまりお父様に特に気に入られていません。この人には家を守る事業を守る役割が一生ついて回ります。逃れられないのです。私は自分の立場も生い立ちも運命も承知済みです。大変失礼いたしました。私も……、愛している彼のためになる女性ではないと許せません……、そして……」  その時、彼女の目に涙が光ったのを杏里は見てしまった。  そして杏里にも同じ女としてわかってしまった。 『私が許せる女じゃないと妻にしないで』。女として当然の気持ちであって、間違っている。  いまどき跡取りなんて、と庶民なだけの杏里は言いたい。  でも一般家庭でも未だにあるのだ。平成の世になり十数年経っても未だに古風な日本社会はこびりついてはりついていて、やれ男の子が生まれなかった、跡取りを頼む、長男が家を継ぐ墓を継ぐなんて本当に未だに残っているのだ。  特に彼の実家のように、北国を開拓して事業を発展させ二代三代四代目ともなれば、世襲問題はこの時代でも大きな家族問題であろう。  そこに息子として娘としての言い分も、男と女の気持ちにも、その家のためにと相容れないものが沢山生じていたことだろう……。  頭を下げている愛人美紗が涙ながらに吐露しはじめる。 「私のことを、そのように言ってくださった女性は初めてです。大抵の女性は愛人を拒み、受け入れても、先ほどのような私の態度には怒りを持ち、彼へ私を捨てるように詰め寄るか、結婚を断る。お許しください。愛する彼の身体を妻に預ける、この気持ち、お察しください」
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