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彼女の教育はいまここにきて、功を奏しているということだった。
また病に倒れ闘病の日々を余儀なくされている三代目には、ほぼ権力はなく、母の江津子の機転ですべて息子である樹の手に渡ったとされている。
樹には弟もいるはずなのだが……。杏里はまだ紹介されていない。
❄
結婚を了承してからしばらく。正式に婚約と公に出来る取り交わしをする前に、彼と一夜を過ごすことになった。
その日も彼が、小樽の湾港夜景が見渡せるホテルレストランに連れて行ってくれる。素敵なフレンチが食べられるホテルなので、杏里もつい楽しみにつてきてしまった。だが、そこで『今夜は泊まっていきませんか』告げられる。
「美紗が、あなたが了承したらそうしろと……。結婚してからでは遅いからと」
つまり身体の相性を試しておけということらしい。
ポワソンのヒラメを小さくして頬張りながら、杏里は間を置かずに答える。
「そんなもの意味がありません。私と樹さんはただ身体を重ねて子供さえ出来ればいいのですから。結婚後でも充分です」
セックスに期待など微塵もない杏里だったので、断った。痛くても素っ気なくても別段かまわないし、子供が出来るまでに義務的にベッドに寝そべっていればいいと思っていたからだ。それに美紗と樹の涙を思い出し、なるべく彼等の関係の邪魔にならないようにと杏里も気遣っているつもりだった。
だが樹は彼特有の四代目経営者という落ち着いた様子を見せ、悠然と微笑みながら言う。
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