③契りの日

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「子供を儲けるのが目的なのに、万が一、身体が合わないとなったら、あなたと離婚をしなくてはならない。そういうことはなるべく避けたいんですよね。世間体が第一であることはおわかりでしょう」 「痛くてもいいんですけど。契約ですから、そこは耐えます」  彼が瞬きをしながら、一瞬、話すのをやめた。 「もしかして杏里さん。以前にお見合いされた時の男性が『下手くそ』だったのでは? 愛人を持つ自分がいうのもなんですが、俺はああいう男は軽蔑しています。父と一緒ですからね。母の苦痛と苦悩を弟と見てきました。女性には優しくありたいと思っています」  眉唾なセリフだった。この男が言わねば、この男アホかなと杏里が鼻白むほどの……。  なのに、清潔感ある短く揃えた黒髪に、端麗な面差し、そして育ちの良さを醸し出す仕草に、質のよいスーツに時計に靴、なにもかもが整えられ、美しい男だった。普通の男が敵わぬ育ちを持つ彼だからこその気品があった。そしてその苦労は、彼と食事を重ねるたびに、互いに生い立ちを語り合った時に聞かされていたことで裏打ちされる説得力があった。 「あなたが男に失望しているからこそ、俺と契約的な結婚を決意してくれたこともわかっています。ですが、だからとてあなたの身体をぞんざいにするつもりもありません。子供を儲ける間柄なのですから、生まれてくる子供のためにも、その時だけでも男と女として、父と母としての美しい思い出にしたいと考えていますが、いかがですか」  子供のために、父と母の美しい思い出? 頬が引きつっていたのだろう。樹がそんな杏里を見てくすりとこぼす。 「杏里さんらしいですね。そんな綺麗事をいうのはかえって失礼でした」
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