③契りの日

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 こんな美しい彼と寝たい女は沢山いたことだろう。もしそうなって彼と朝を迎えたのなら、女は満足げに目覚めるのだろう。  なのに彼が妻にと選んだ女は今になって年若い少女のように泣いている。自分がそんなひどいことをしたのかと困惑した顔色で、杏里の黒髪に触れるのも控えて。 「本当に、あの男が下手くそだったとわかって、悔しくて泣いているんです。なのに私が原因みたいに、私のせいにして……」  彼が裸のままふっと噴きだし笑い出した。 「だろうと思っていた。絶対にそうだと思った。最低の男だな。結婚したら最低の夫だった。よかったよ、そんな男と結婚させられなくて」  本当にそうだった。そして不思議な気持ちが湧いてきた。  憎しみがかえって、駄目な男だったと『下』になったことで溜飲が下がってしまうほどだった。これまであんなに傷ついて生きてきたのはなんだったのか。自分が頑なに生きてきたことにも杏里は気付く。  あの時、結婚を断られ父親に随分なじられたことで傷ついただけで、あの男と結婚できなかったことに傷ついていたわけではない。なのに男なんてと拒否して仕事に打ち込む二十代を過ごしてきてしまった。  あの男の家族はなにかと尊大な様子で、それも嫁ぐ身としては不安だった。年若い娘を試すように疵を刻んでおいて捨てるなんて、本当に勝手な人たちだったし、そんなところに無理に嫁いでもきっと毎日が辛くて不満で溢れていたに違いない。
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