④つまらない女

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 今日の樹は、ベージュのスリーピーススーツをセンス良く着こなしていた。そこに現れただけでキラキラとした金の粉がまとったかのような登場だった。それだけ彼が纏う空気が特別なものだと、杏里は改めて思い知らされる。  そんな樹も『失礼いたします』と初見の彼らに挨拶をしてくれた。  杏里も、そのままの知人で去ろうとしたのに。 「ふうん。つまらない女にも相手ができたのか」  杏里はさっと血の気が引く思いだった。自分のトラウマが刺激されたことも当然だが、人の心がわからない男のバカさ加減にもだ。どうして私がつまらない女と言えるのか。言えるということは少なくとも杏里のことを女として知っているから。過去に関わりがあったのだと、見合い相手の目の前で平然として言えるその配慮のなさにも!  ほんとうに性根が悪い男だと打ち震えた隣で、樹の目つきが鋭くなったのを杏里はみてしまう。その目にゾッとし慄然とする。  杏里にはいつも物腰柔らかくどこまでもスマートで悠然としている彼が、獣を思わす獰猛な目を光らせたからだ。  その攻撃的な視線は、例の男へと定められた。  樹が男の真っ正面、至近距離に向き合った。  ほぼほぼおなじ背丈の男二人、でも威嚇している樹のほうがやや上から睨みつけてみえるのがどうしてなのか。それだけ、相手の男がややのけぞり尻込みしたのがわかった。 「つまらない女とは? 私の婚約者のことを言っているのでしょうか」
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