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お相手の父親が品の良い身のこなしで、樹に近づいてきた。
「お気を悪くしたようで、申し訳ありませんでした。私、こういう者です。こちら同行していた私どもの不始末です、ご無礼をお許しください」
同行していた者として詫びてくれ、樹に丁寧に名刺を差し出してくれる。それに同調するように、樹も胸ポケットから名刺入れを取り出し、すっと差し出した。
その名刺を見た父親が驚きの表情に変貌した。
「本日はここで失礼いたします。改めてお詫びを」
「いいえ。こちらも大人げなく……。まだまだ若輩者とお許しください」
「奥様になられる方を貶されたのではあれば、当然のお怒りです」
樹とお嬢様の父親が大人の対応で挨拶をしている様子を、男と母親は唖然として眺めている。やがて父親が男を睨んだ。
「角田さん、残念です。今回のお話はなかったことにしてください。さきほどの人を馬鹿にして、女性を悪し様にする態度に失望いたしました。娘をお任せする気が失せました」
「柳川様、お待ちください。これは息子と彼女が合わなかっただけのことで、もう随分昔の。説明させてください」
「結構です。失礼いたします」
父親の視線にお嬢様が頷き、後をついていく。その背を男が焦って追いかける。
「英子さん。待ってください」
晴れ着のお嬢様が肩越しに上品に会釈をしたが、その目線は冷め切っていた。
そこに呆然失意のまま立ち尽くす母子がいる。
だがすぐにこちらに怒りの視線がぶつけられる。
「どうしてくれるんだ!! いままでで最上の相手で、和やかな雰囲気で手応え上々だったんだぞ!!」
「どうしてくれるのよ! やっとやっと巡り会った相応しいお相手だったのに!!」
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