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息子も母親も半狂乱だった。
だが樹はなんのその、呆れたため息をひとつ落とすと、また男と母親を見てにやりと意地悪く笑った。
「だよな。北熊ドラッグホールディングのお嬢様だったら、逆玉の輿と言ったところかな」
北熊ドラッグ。道内を網羅する地元大手ドラッグ会社。そう聞いただけで外商部員だった杏里も『セレブランク』のお父様とお嬢様だったことがわかった。
いい相手が巡ってくるまで、どれだけ見合いをしたことか。そのたびにその気にさせて、女を味見して捨ててきたのか、この男――。そんなことが透けて見えてきた。
「そんなに上珠の見合いをしていたなら、どうして『うちの杏里』に声なんかかけた。終わった話を蒸し返したのはそちらだろ。こちらは侮辱されたから後には引けなかった。杏里を無視して通り過ぎれば、あちらもそちらの『本性』に気がつかなかっただろう。そう思わないのか」
そうすれば化けの皮を被ったまま、あのお嬢様を騙せたかもしれない。
いや。この男なら婚約してしばらくすれば馬脚を現しそうだから心配ないかとさえ思えるほどに、大馬鹿なことをこの男はやってのけたのだ。元々の本性が引き寄せたのだ。
「こっちにもおまえの名刺をよこせ! 訴えてやるからな」
唾を飛ばすような勢いで、男が樹に詰め寄る。
だが樹も胸を張って堂々と、男にも名刺を差し出した。
「どうぞ。その際はこちらにご連絡を」
名刺を受け取った男が絶句したのがわかる。小樽の資産家四代目と気がついたのか。息子の手元を覗いた母親もだった。
「こちらにも顧問弁護士いますので、お話しがあればいつでも」
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