④つまらない女

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 名刺をもつ男の手が震え、母親は樹を息子の敵認定したのか睨んでいた。 「行こう。杏里」  彼が杏里の腰をさらうように抱き寄せ、歩き出す。  ホテルのロビーから外に出ると、小樽の港から爽やかな夏風が坂をあがってふたりをつつんだ。緑と潮の匂いがする風――。 「あの、ありがとうございました」  いまになって。緊張がとけた杏里の目に涙が滲んだ。あの時つけられた痣が消えてゆくような不思議な感覚があるのに、涙が溢れてくる。  彼がよりいっそう抱き寄せてくれる。 「約束したでしょう。あなたが安心できる場所を約束すると……。家族になるのだから、当然だ」  その言葉にまた胸が熱くなる、止められないほどに。  泣きじゃくるほどに涙が溢れて溢れて。  なにより『うちの杏里』と言って、あんなに威風堂々と立ち向かってくれる人がいるだなんて……。親も守ってくれなかったのに。  
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