5117人が本棚に入れています
本棚に追加
名刺をもつ男の手が震え、母親は樹を息子の敵認定したのか睨んでいた。
「行こう。杏里」
彼が杏里の腰をさらうように抱き寄せ、歩き出す。
ホテルのロビーから外に出ると、小樽の港から爽やかな夏風が坂をあがってふたりをつつんだ。緑と潮の匂いがする風――。
「あの、ありがとうございました」
いまになって。緊張がとけた杏里の目に涙が滲んだ。あの時つけられた痣が消えてゆくような不思議な感覚があるのに、涙が溢れてくる。
彼がよりいっそう抱き寄せてくれる。
「約束したでしょう。あなたが安心できる場所を約束すると……。家族になるのだから、当然だ」
その言葉にまた胸が熱くなる、止められないほどに。
泣きじゃくるほどに涙が溢れて溢れて。
なにより『うちの杏里』と言って、あんなに威風堂々と立ち向かってくれる人がいるだなんて……。親も守ってくれなかったのに。
最初のコメントを投稿しよう!