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しかも杏里はそれに伴い、寿退社を決断。あっという間に退職をした。あまりのスピード婚に、百貨店の上司たち同僚たちも唖然としていた。
既に退職を済ませていた杏里は、この日は樹とともに母親に呼ばれていた。
樹が仕切っている湾港地区にある本社へ杏里は向かう。
彼の社長室を訪ねると、応接テーブルに既に樹と母親の江津子が向き合っていた。
「いらっしゃい、杏里さん。さあ、どうぞ。樹、お紅茶いれてあげなさい」
「ええ~。俺、いちおうここの長なんだけど」
「ゴッドマザーからの指令よ。それとも私に淹れさせる気? それともわざわざ足を運んできてくれた杏里さんに? 彼女はまだあなたの妻でもない」
「ああ、はいはい。母上、させていただきます」
あの樹が軽くいなされ、本当に子供のように拗ねて顔をしかめていた。
杏里もついおかいしくなって笑いが込み上げたが、必死にかみ殺して堪えた。
彼の母親は『女だからやれ』という『女だから』という言葉を非常に嫌っていた。樹が『女性優位』に育てられたのは、この母親の賜。それでも、母と息子でいるときはざっくばらんと気兼ねない空気で接している。
今日も樹は紺のスリーピーススーツを凜々しく着込んでいるのに、いそいそと紅茶を入れる姿が……可愛く見えてきて不思議な気持ちになった杏里だった。
なんて。いつのまにか気持ちがほぐれているので、このお母様にいつもしてやられているのは杏里も一緒だった。
社長室の窓からは、港の風景と小樽湾に浮かぶ船舶が晴れた海を航行している姿が見える。
テーブルにて向き合う。夫と妻になる樹と杏里が並んで座り、正面には江津子が座る。
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