⑤大澤式・花嫁修業

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「さて。かねてより約束しておりましたね。樹、杏里さん、結婚後は杏里さんにも業務に携わってもらいます。樹、うちの仕事について教えてあげて。そのため、一年は樹のそばについて秘書の仕事をしてもらいます」  これが姑になる江津子が杏里を選んだ本来の目的だった。  外商部員として大澤家に訪問するたびに、または百貨店のVIPルームで接客するたびに、大澤の母は『この子は仕事に励んでくれそうな女の子だ』と見初めてくれていたのだ。大澤家の嫁になったからとて、専業主婦で悠々自適の奥様ライフを過ごさせるつもりなど、この姑は望んでいないということだった。大澤家の資産を見越して着飾ることを夢見る嫁など以ての外、また世間知らずの箱入り娘も以ての外。仕事をしている女性にたびたび目を光らせて観察をして、気に入ったのが杏里というわけだった。  もとより結婚などするものか、仕事で生きていくと決めて働いていた杏里だ。姑が望む姿だったのだろう。  その条件も含めて息子に『お母さんは彼女がいい』と勧める。彼がいうところの第一条件をクリアしていたというわけだ。  その後、自分も見合いをして気に入った。最後、長年の恋人である美紗が許してくれるか、杏里が飲み込んでくれるかだった。  このあたり、姑はどう思っているのかと樹に尋ねたことがある。 『母も十代のころから美紗を知っている。彼女は嫁という立場になると苦しむようになる。美紗は愛と情で生きている女だから、嫁には向かないと言っている』。つまり姑自ら『別れられないのなら、嫁のための妻を娶れ』と言い聞かせていたようだった。
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