⑥蜃気楼の坂の上

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 百貨店バイヤーと外商部と、さらに杏里という顧客が出来たことでの『持ちつ持たれつのルート確保』が出来たことは、樹も感心してくれ、また義母の江津子も満足げだった。いや……。義母については、もしかすると、『杏里という女性と結婚すればどうなるか』既に目星をつけていて、杏里がそのルートを手引きできるかどうか高みの見物をしていたのかもしれない。  高台のガラス工房から引き抜いた職人は、遠藤 (きよし)という男性。若輩者である杏里の申し入れであっても馬鹿にせず、真摯に向き合ってくれた。  生真面目で、ガラス職人一筋、結婚願望もないようだった。物静かで穏やかな表情を常に保っている人柄も安心ができる。  でも、彼が作った切子のグラスを手に取った時、杏里にも響くものがあった。技に没頭した者だけが得る輝きがそこにあった。  ここでも百貨店のバイヤーが間に入ってくれ、これから杏里が結婚する大澤家がどれだけ資金を持っていて、やり手の義母と結婚予定の若社長がバックアップしてくれているかも説いてくれた。  遠藤氏もよく理解してくれ『是非にお願いいたします』と了承してくれ、杏里はホッとする。  職人集めについても、遠藤氏が乗り出してくれる。技術を一緒に取得した大手ガラス工房にいる元同僚に後輩、学生時代の同期などにも声をかけてスカウトする役目をかってでてくれた。  杏里の最初の仕事が上手く流れてきて、ひとまず安堵を得る。  毎日が新しい仕事で充実している。  交渉が成功すると、樹が褒めてくれた。報告へと、港湾地区にある本社に赴く。その時に社長室で語るビジネス談義の時間が、彼と杏里の信頼を積み重ねる時間ともなった。
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