⑥蜃気楼の坂の上

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 若い職人は入ってきては辞め、入ってきては辞める。職人という仕事を全うできるものは一握り。たとえ、安定した給与を条件に出しても、辛い修行に耐えられなくなったり、自分の技術に打ちひしがれ絶望して辞めていく若者もいる。  今日もひとりの若者が、出身大学に出していた募集を知って面接希望の履歴書を送ってきた。  珍しくも女性だった。遠い山口からわざわざ履歴書を送ってきたという。まず書類審査という形になる。その時に、いままで自分が作ってきた作品の画像や写真、出来れば現物の作品を郵送してもらうようにしている。  そこで遠藤親方と意見が割れたのだ。  彼女は写真も現物も送ってきた。  履歴書を見ると、広島の芸術大学卒。親方曰く、芸大からガラスを学んできた者は『学生時代から仕込まれているので一定した技術はあると思う』とのこと。  問題は彼女の作品だった。送られてきた写真で見られるこれまで彼女が制作したガラス作品は、杏里から見れば『幼稚で奇抜』だった。それとは別に、現物で送られてきたガラス製品には琴線に触れるものをかんじさせた。しかし、技術が拙い。これは……と躊躇った。  親方は『幼稚で奇抜』なほうの写真を見て、おかしそうに笑ったのだ。それを見てずっとくすくすと笑っている。 「どうかしましたか、親方」 「いえ。こういうの、芸大にいる時に必ず通る道なんですよね。私だってそうでしたよ」 「ええ、遠藤親方でもですか。伝統的なものを忘れず正統派でノーブル、でも現代的なモダンさも上手くだせる職人さんなのに。このような奇抜な吹きガラスをしていたということですか」
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