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⑦1on2
1on2という言葉があるらしい。
バスケットの用語だったか、ゲーム対戦の用語だったか。
この言葉を知った時、杏里の脳裏に浮かんだのは、美紗と初めて会った札幌市の料亭でのことだ。
個室に三人、長年の付き合いがある恋人同士の男と女、向かい側に杏里がひとり。1対2だった。気持ちが通じ合う恋人同士のふたりは、心意気も揃えて杏里に『跡取りを産んでほしい』、『彼のために妻になってほしい』と――。
なのに形成が変わる。樹と杏里が結婚すると、今度は『愛人on夫と妻』という体勢に変化する。
日常では、正妻on夫と愛人。見えぬところで彼らが変わらぬ愛を交えている日々の一方で、杏里はひとりできままに仕事と子育てに追われすごしている。
社会社交面では、夫妻on愛人で美紗が影に隠れる。
でも。もうひとつ。1on2になる体勢が残っていた。
男on女ふたり、だ。
美紗はセンスがいい。入った途端に、小樽の海辺の雰囲気を取り込んだ地中海風の空気に包まれる店に仕上げている。
焦げ茶いろの木製カウンターの端に、杏里は席を取る。
エプロンをしている美紗は長い髪をひとつに束ねたスタイルでカウンター内の厨房に立ち、そこからマリネのひと皿を先に出してくれる。
「おいしそう」
ワインビネガーの香りがして、酸っぱいものを一口頬張っただけで午前業務の疲れが癒やされそうだった。
美紗の隣には、背が高いラガーマンのようなシェフがいる。彼がコンロに火をつけて調理を始めた。ニンニクとオリーブオイルの香りが立ちこめる。
彼はいつも美紗のそばにいて、この店を盛り立てていた。
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