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ふたりがどのような関係かは、杏里は聞かないようにしている。美紗から言い出すまで。でも見たところ、ただのビジネスパートナーかなと杏里は思っていた。言ってみれば、杏里と遠藤親方のような距離感なのだろう。
実際にふたりは仕事以外の言葉を交わさず、いや客の前だから当然か、それとも杏里がいるからかはわからないが、物静かな雰囲気を保っている。そこがまたなんとも、この店の心地よい空気を作っていたりする。知らない客から見れば、寡黙なシェフと落ち着いた美しい女性のふたりは夫婦に見えることだろう。
実際、杏里も遠藤親方と向き合っている時間は、心がほっと和んでいる時がある。
仕事の関係だからこそ、気が抜ける――というのはおかしいだろうか。
夫がそばに来て、杏里の目を見つめて、ちょっと触れるときに感じる緊張感のようなものがないのだ。
普通は、夫と妻だからこそ心がほっとするはずなのに……。自分たちが異常な関係を結んでいるから、こんなふうに感じてしまうこともわかっている。
料理ができあがるまで、杏里は携帯電話を片手に仕事関係のメールチェックをしておく。
【 義姉さん。今日も保育園のお迎えに行くけれど、帰りに築港のショッピングモールに寄っていくよ。ふたりと約束しちゃったんだよ。アイス食べたいって。甘やかしてごめーん 】
義弟、優吾からのメールが先頭だった。
杏里はおもわず、ふっと笑みをこぼしてしまった。
息子たちが『ゆごちゃん、かえりにあいす、あいす』と大合唱をして、優しい叔父ちゃんは負けちゃったんだなという光景が目に浮かぶ。
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