⑦1on2

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 そんな優吾が道警のエリート警官であることが、大澤の義父の自慢でもあったそうだ。なのに、出世をしないまま退官をしてしまった次男。期待を裏切られ優吾に恫喝する父親に嫌気がさして、ついに優吾はそこでカミングアウトをしたとのことだった。  彼も兄の樹とおなじで、子供のころから暴君だった父親にひとつも愛されず、無碍にされてきたらしい。母親が育てさえすれば、自分はなにもしなくてよいし、可愛がる必要もないという態度。愛人を何人も持っていて好き放題。家庭には無関心。だが、義母はそれを逆手に取った。無関心なうちに、やり手の義母が密かに実権を握っていく。病気で寝たきりを余儀なくされた時点で、大澤母子は、夫を父を施設に押し込んで切り捨てたのだ。離婚などしない。大澤家のすべてを父親から剥奪して自分たちの権利として手に入れた。この出来事を、大澤倉庫の社員達は『あの時の鮮やかなクーデター』と密かに語り継いでいた。  杏里は病室へご挨拶にだけ出向いたことがあるが、もう痴呆が入っているのか、なんの反応も返してくれなかった。  だからもう、この家に義母と樹と優吾を虐げた男はいない。杏里にとってもいないに等しい義父になっている。  だから。『跡取りを産んで欲しい。あなたしかいない』と樹に頭を下げられた意味も、後々にわかったのだ。弟は生まれつき子供を望まない生き方をしているから……。  その優吾。杏里が出産後も、はりきって息子の世話をしてくれた。
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