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「え、え、え。私、あんまり触ったことなくて」
「大丈夫ですよ。もう首も据わっていますから。こう、こことここ、この手でここを持って」
怖々している美紗に、半ば強引に次男を腕の中へと移した。
その瞬間、怖々していた美紗の腕がしっかりとして、次男がふわっと優しく包まれた感触が杏里にも伝わってきた。
「やわらかい……、あったかい、いいにおい」
目尻にまた涙を光らせ、でも今度の美紗はとても幸せそうに微笑んだのだ。それこそ聖母じゃないかと見紛うほどに清らかだった。
「美紗さんが望んだから、産まれた樹さんの子です。私、産ませてもらった。そう思っていますから」
杏里のそのひとことに、また美紗が噎び泣く。
こんな純粋な女性なのに。どうしてこの幸せが彼女の腕に舞い降りなかった。杏里は神を恨みたくなる。すべての子供に真っ当な親を与えてくれない神にも文句を言いたくなる。
樹から、美紗の生い立ちについては大方教えてもらっていた。
小樽の片隅にある小さなスナックでチーママとして母親は働いていたという。
だが素行が悪い。男にだらしがない。店の客とすぐ親しくなって家に連れ込む。娘に対しては適当にあしらい、食事もろくに与えない。よくきく『給食だけで充分だろ』というネグレクトな母親。小学生のころに、美紗はすでに家事を自ら行い、洗濯も掃除も率先してやって、なんとか身なりを保っていたらしい。
樹と美紗は同級生で、地元の中学校で出会った。どちらも多感な年頃の時に、毒親に苛む日々を送っていた。
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