⑨夫の子犬ちゃん

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「別に。いいんだけどね」 「いいの!? だって樹さん、そんな人じゃないのに」 「たぶん。私と杏里ちゃんが内緒で会っていること、気がついたと思うんだよね」 「そ、それは……。報告する、べき、こと、?」 「そうだね。報告しづらいよね。私も言うべきかずっと迷ってるの。正妻と愛人だから互いに邪魔をしないという約束だったのに。でも、私、いまはもう、杏里ちゃんは親友というか」  親友か。杏里はまだその言葉は言い切りたくないなと思っている。  言い切ってしまえば。美紗が愛人ではなくなるような気がしている。彼女が愛人であることで、樹と美紗の愛が続いているからだ。  ほんとうは良い頃合いで杏里が離婚をすればいいのだと思いもする。離婚しても、いまの杏里には『大澤倉庫の専務』という肩書きをもらっている。以降は仕事関係だけ残して、大澤家と付き合えばいい。いや、やはりダメだ。息子たちが成人するまでは、大澤家の嫁、妻、母でいなければ……と思い至ると、離婚も容易ではないと思い至って今になる。    そうか。夫に言うべき時かな。美紗とのこと。女同士で通じて意気投合してしまったことを。妻と愛人でも、友人になってしまったことを。  美紗が『若い女の子からメール』と正妻の杏里に報告してくれたのも、『きちんと知っておいたほうがいい』という意図からなのだろう。  その日、美紗との食事を終えて帰宅すると、夫の樹はもう帰宅していた。  意を決して、美紗との関係をまず報告しよう。  ダイニングテーブルで、優吾が作った食事を食べている夫のところまで、杏里は歩み寄る。
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