⑨夫の子犬ちゃん

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 今日も変わらず、上質なスリーピースのスーツを着こなしていて、でも、帰宅したのでネクタイは外している。腕の黒い時計は杏里が結婚記念日にプレゼントしたもので、最近よくつけてくれている。  いまも端麗な横顔を見せてくれる樹は、三十代半ばになってますます男ぶりが増している。彼がその気になれば、どんな女性も手に入るほどの財力に容姿を持っている。  その男が、妻でも愛人でもない方向を見始めている? そう思いながら、杏里は思いきる。 「あの、お話しが……」  キッチンで片付けをしている優吾がいたので、ダイニングで言い出すことを杏里は躊躇う。  優吾が察したのか『寝かしつけた子供たちの様子を見てくる』と、気を利かせてダイニングを出て行った。 「なんだ。今日は外で食事をしていたみたいだな」 「はい。……実は、」 「美紗と?」  やっぱり。知っているんだと杏里は驚愕しつつ硬直した。しかも、杏里がそろそろ報告するだろうことも察知していた?  彼がため息を吐いて箸を置いた。 「隠していたつもりも、ほんとうはないんだろう。どうせ優吾が先に気がついて『これは兄さんに言っても大丈夫、これは言わないほうがいい』とより分けて、俺に報告してくれるから」  と、いうことは元警官で探偵の優吾君の判断は『報告して大丈夫案件』ということだったらしい。 「黙っていて申し訳なかったです」 「いや……。かえって女同士で、そんなふうになれるんだという驚きがあったと同時に。美紗に相談相手が出来て安堵した部分がある。受け入れてくれてありがとうな」 「そんな……。隠すように会っていたのに」
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