⑨夫の子犬ちゃん

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「でも。俺と行こうというと、美紗は『私はそんな煙くさいところに行かない』とか言いそうだな」  なるほど。愛する男性の隣で、煙の匂いの付いた髪でいたくないのかもしれない。ほんとうに『女性でありたい』ことを追及してきたのかもしれない。 「それはいいよ。女同士で好きにしてくれ」 「ありがとうございます」 「俺も杏里に話がある。というか、専務に――」  なんだろうと杏里は首を傾げる。食事を終えた彼がテーブルを立った後、杏里も彼の後をついて書斎へ向かう。  樹の自宅での仕事場にしている書斎に入ると、デスクに座った彼に、ひとつの書類束を出された。  束の先頭、いちばん上は女性の写真が貼られている履歴書だった。  まだ二十代でも幼さを残している女の子だった。茶髪で少し派手な雰囲気が見て取れる。なんのための『採用』かと、杏里はその書類をめくった。 「ススキノで拾った子なんだけどさ。その子に援助をしているんだ」  援助? なんの援助。杏里は眉をひそめる。 「美紗のような生い立ちで、必死で抜け出そうとしている。夢はネイリストだ。なんとか学校に行くために、ススキノのキャバクラで稼いでいる。その援助だ。いまはスクール代を援助している。プロフェッショナルコースに進級するところで、資金が尽きそうだとかでね。でもこっちも、ただ金を貸すわけにはいかない。契約をしたうえで、出世払いだ。よくある『口約束の出世払い』ではなく、きちっとした契約にしてほしい」 「……社長は、この子なら成功すると見越してのことなのですね」
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