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ホテルの一室に呼び出し、そこで美紗にネイルをしてもらう。
緊張した面持ちで、まだ勉強中という拙い手つきで若い彼女がネイルを施す。茶色の髪だが、この日はナチュラルなメイクをして、ビジネススーツを着てやってきた。常識は弁えている。
だが美紗の爪を整えている子犬ちゃんが、ふと呟いた。
「大澤社長、素敵な男性ですよね。奥様もご友人も思ったとおり素敵な
方、お似合いのご夫妻にお知り合いなんですね」
若い彼女から話しかけてきたのは、キャバクラ嬢という仕事柄、空気をほぐそうとした気遣いにリップサービスかと杏里は思った。
だが彼女にも多少の狙いはあるようで……。
「その気があるようで、ぜんぜんお堅くてなびいてくれないって、私のお店の女の子たちは毎回悔しがっているですよ。……私も、うっかり夢中になりそうになるくらいには、ちょっと罪な方だなって。でも、大人の魅力ある男性だから、そうして上手く付き合って、大人として上手くあしらっているだけなんですよね。私は諦めて、お力だけ借りたいなと思いました」
正直な子だなと杏里は少しだけ笑みをこぼした。『胸がスカッとする立ち回りをする』と夫が楽しそうに語った彼女の姿が想像できた。男に熱を上げて我を忘れて自ら心を壊すような女の子じゃない。だから樹に選ばれたこともわかった。
だが美紗はちょっと違うことを、子犬ちゃんに言い放った。
「こちら、大澤倉庫の専務さんで、奥様なんだけれど。私は愛人ね」
若い子犬ちゃんがさすがにギョッとした。
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