⑩子犬ちゃん、ほしいものある?

4/9
前へ
/916ページ
次へ
 彼女はすでに住まうアパートも自分で見つけて手配をしていた。  なんでもひとりでこなしていて感心する。  住んでいるアパートを確認したが、かなり質素で安い物件で、女の子の独り暮らしなのに、ここでいいのかと杏里は心配になった。北国での暮らしも初めてだろうに、氷点下の真冬を乗り越えられるのかとさえ。とにかく親方に『若い女の子だから、気をつけて見てあげて。なにかあったらすぐに私に報告をして』と伝えておいた。遠藤親方も、彼女になにか感じるものがあるのか『大事に育てたい女性職人』として、かなり気遣うようになってくれた。  それでも、人柄が良い遠藤親方が、職人としてはどれだけストイックか。気に入らない仕上がりのガラスは残さない主義で、すぐに叩き割って破棄する潔さを持つ人だ。花南の最初の洗礼はそれだった。  やってみろと言われた課題で吹き上げたグラスをすべて、親方に叩き割られたそうだ。  それだけ厳しい親方だということを杏里は知っていたため、日々彼女が厳しく叩き込まれていく様子も、はらはらしながら見守っていくように。それでも杏里の予想を裏切って、花南は黙々と師匠の教えに沿ってガラスを吹いていく。そこに彼女にも『引くわけにはいかない』決意が見え隠れする。そのうちに技術が目に見えて向上しはじめた。  遠藤親方は、業務外の時間に職人たちには好きな創作をさせるようにしていた。できあがったらそれを見せるようにとも。そして杏里もその自由創作は必ず目を通すようにしていた。
/916ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5112人が本棚に入れています
本棚に追加