⑪花香る

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 自分が最初から承知していた女性、美紗とは違うから? 花南が若い女性だから? 夫が女性優位で、女性達を助けようとしている心意気はまだ飲み込めるし理解できるし、若い子犬ちゃんたちは恩返しをしてくれて、良い子ばかりだったのも事実だ。彼女たちにはイライラしなかった。  そうしてしばし、杏里も夫の顔を見ないようにしておこうと、自宅でもおなじ空間にいることを避けるようになる。  子供たちと楽しそうにお喋りをしている夫を見ても、杏里はその場から『仕事が残っているので』と部屋に籠もったりした。優吾も気がついているだろうなと、わかりつつも。  そのぶん、杏里はいつも以上に工房に足を運ぶことになった。  若い花南が無事に過ごしているか、夫がまた変な接触をしていないかと確認するためだった。  もうすぐ雪が降ろうかという紅葉が終わる時期だったか。  その時に、遠藤親方がまた嬉しそうにして杏里を待ち構えていた。  昔ながらのストーブに火が入り始めた季節で、あたたかに整えられた事務室でそれを見せられた。  花南が造ったというグラスみっつだった。 「どうですか。形をシンプルにして個性を出して見ろと指示をしたらこれを造り出したんですよ」  持ち手のない、ワイングラスだった。  無色透明が基調だったが、絵筆ではらったような色ガラスの筋がさりげなく入っていた。グラスはみっつ、絵筆ラインの色は三色。ワインレッドのグラス、ペリドット色のグラス、アクアマリン色のグラスだった。ライン付近にはこれまたさりげない気泡が入っていて、ここに日本酒を注げば炭酸水のように気泡がいつまでも舞い上がっているようにも見えるデザインだった。
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