⑪花香る

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 セールスをするには、職人自らが行うべきだという姑・江津子のアドバイスにより、工房から幾人かの職人を連れて行くことにした。  当然、遠藤親方なしでは行えないセールスで、いちばんよい品質を作り出す長兄弟子と、今回は女性の雇用もアピールしたいため、花南も連れて行くことになった。  困ったことは、花南がほんとうに質素で安価な服しか持っていなかったことだ。だからとて買わせるわけにもいかず、だが、こちらが買ってあげると言い出すと、また花南が遠慮して『では行きません』とか言い出しそうな雰囲気を遠藤親方が察知していた。親方から『杏里さんのお洋服をお借りできませんか』との提案を受けた。  それなら幾らでも。背格好も似たようなもの。ただ若い子に似合う愛らしさとか華やかさを持つ服は持っていないんだよなあと杏里は思い悩む。だったら美紗の――と思ったが。いや花南のイメージとかけ離れているな、むしろ彼女は『私、杏里』と同類のオーソドックスな雰囲気を持っている。  貸してあげるからと、花南を初めて、杏里が住まう大澤家へと連れて行った。  若いお姉ちゃんがやってきて、子供たちがはしゃいで迎え入れてくれた。  その時、彼女が六歳の長男を見てふと微笑んでくれたのだ。  え、この子。こんなふうに優しく笑うんだと、杏里もギョッとした瞬間だった。 「小さい子、お好きなのね」 「はい。姉が遺した甥も、一颯君ぐらいの年頃なんです。小樽に来る前は、突然逝去した姉の代わりに、母と一緒に子育て奮闘をちょっとだけ手伝っていました」  あ、面接の時に『学生のころから姉がいろいろと応援をしてくれた。亡き姉のためにもそれに応えたい』と言っていたことも思い出した。
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