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完敗だった。芸術は彼女の力のみでしか手に入れられない。彼女の家族のしあわせも、樹には無関係のこと。手など出せない。
金でも手に入らない。金が関わるとしたら、彼女が生み出した芸術品ができた時、向こうから『欲しい』と差し出してくるものだ。与えられるものではない。
「すまない……。悪ふざけがすぎたね」
「いいえ。いろいろと気遣ってくださって、ありがとうございます。私も生意気を申しました」
杏里がよく知っている、物腰の良い夫に戻っていた。
毒気が抜かれるとはこのことか。
子供たちはただただシュークリームに夢中で、パパがなにをしているかなんて気にしていない。優吾がひたすらふたりの頭を撫でて気を逸らしてくれていた。
義母も溜め息をついていた。息子が迷い道にはいってやっていることをわかっていて、好きなようにさせて、痛い目に遭った瞬間を見守っているだけだった。
彼女にドレスを持たせて工房に帰した後、樹が優吾に告げた。
「あの子の素性わかるか」
「うん。履歴書があるから、実家住所から探ってみる」
「家族構成だけではなく、どうして小樽に来るに至ったかも知りたい」
「そこまで必要かな。ま、いいけど。俺もちょっと興味ある」
実は杏里もだった。優吾が調べてくれるなら確実だ。便乗して知りたいと思う。それは義母もだった。
「私も知りたいわ。すごいわ、あの子。ただのお育ちじゃないわよ。うちの長男を言い負かすなんてね。私にもちっとも怖じ気づかなかった。あれはね、私や樹のような格の大人をよく知っているし、そばにいるのよ」
そんな格の子が、なぜ質素にガラスの修行に来ているのか、だった。
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