⑫花ひとつの力

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 ああ、なるほど。夫がやられるわけだ。彼女も『資産家パワーフル搭載のお嬢様』だったんじゃないか。  なのに『ご馳走は年に一度父が』、『父からのお祝いの品を大事に使っているから』と言えるお育ち。財力を武器にしていた夫をなぎ倒して当然。感服だった。  若い女の子を助けることは悪いことではない。いいこともあった。だが誰もが力がないわけではない、また助けを求めているわけでもない。声をかけた女の子が、今回は金銭では手に届かないものを常に見据えている子だった。  それと同時に罪悪感が襲ってきた……。  夫にあんな情けないことをさせて、申し訳ない思いがわき上がってくる。  あれほどの男を迷い道に放り込んで、ここまで惨めな思いをさせたのは、妻の私ではないのか……。涙が滲んできた。  夫が埋めようとしたのは、きっと寂しさだ。己の存在価値を映す鏡が子犬ちゃんたちだったのだ。  妻でも愛人でもなく、いや、妻も愛人も映してくれなくなったのだ。  ただ、子供たちだけが救いだったのかもしれない。だからまだ家に帰ってきてくれる。  ほんとうの意味での浮気、不貞行為に耽るにも至らず。それができない男の欲求昇華する歪んだ姿を、杏里の目の前に曝け出させてしまったのだ。あの人の迷いと苦しみ、いちばん見られたくなかったのは妻だったはずだ。  そんな情けなさを、若い女の子からまざまざと突きつけられる三十代半ばの妻と夫……。 ※2017年書き起こした花はひとりでいきてゆく番外編『凛と咲く』で描かれた人物像の設定が多少変更されています。 (エブリスタでは黒蝶はひとりでさがしてる:スター特典になっています)  
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