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「そんな事情があったなら余計にだ。ここで探るのはお終いだ。こちらのお家でも様々な事情があるのだろう。大きな事業をもっているお家に『しがらみ』は付きものだ。彼女がひとり、遠く離れて生きていく訳もあるのだろう。うちがこれ以上知ったところで首も突っ込めないし、突っ込んだらいけない」
「わかったよ。兄さんがそう言うなら」
「だが、杏里。これまでどおりに、間違いがないよう、こちらのご実家のかわりによくよく注意をして見守ってやってくれ」
「わかりました。そのつもりです」
今回は苛立たなかった。夫の意向が今度は同調するように飲み込めた。
若いお嫁入り前のお嬢様といえば言い方は古いが、由緒あるお家柄からくる資産家のようなので、やはり間違いがないように預かるという意味だ。そこは大人で事業主である自分たちの義務で責務だ。
不思議だ。夫から憑きものがとれたように、彼の目の奥で波立っていた水面が、とても穏やかに静かになったように見えた。
「あと、いい取引先になるかもしれないから、そちらの対応も念入りに頼む。ガラス工房の製品が、ホテル営業の本場、現場で通用するかしないかの正念場になると思う。気に入られたら宿泊客の食事、宴会や式場などで利用してくれるはずだ」
「はい。遠藤親方も心得ていました。今回はお義兄様が数点のみ取り寄せられたようで、そちらをまず、厨房の料理人に使わせてみるとのことでした」
「気に入られたらでかいな。いいルートを繋いでくれたよ、あの子。テーブルウェアの製品をいくつか考えておいたほうがいいかもしれない」
杏里がよく知っている『彼』に戻っている。
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