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杏里も残務を自室でやりおえ、入浴を済ませてキッチンで水分補給をしようとした時だった。
まだスーツ姿の夫がいる。いつも杏里より寝るのが遅いし、最後の最後までワイシャツにスラックスでいる。
そんな彼がブランデーグラスを手に持っていた。
「付き合ってくれよ」
ヘネシーのボトルも片手に杏里を部屋へと誘ってきた。
彼が今日はどんな心境なのかわかっているから、杏里も承知する。
彼の寝室に入ることは滅多にない。週末に寝坊をしている夫のところに子供たちが無邪気に突撃して暴れて戯れる姿を見たり、諫めたりして入室するぐらい。
契約したとおりに、次男の一清を宿してからは一切の交渉はない。すべて美紗のものとしてきた。逆に彼も杏里の寝室には入ってこない。子供たち用の部屋も別にあり、杏里はそこで添い寝をすることが多い。逆に子供たちと添い寝をしてくれる優吾のほうが頻繁に子供たちのベッドに出入りしているぐらいだ。
その夫の寝室に誘われたが、杏里は今日は素直に従った。
彼の寝室、窓際にある小さなソファーとテーブル、そこにグラスとボトルがおかれた。彼が長椅子になっているほうに座り、杏里は向かい側の単体になっているソファーに座らせてもらう。
間接照明だけになっているベッドルーム、彼の背後にある窓には小樽の冬の海が月明かりに浮かんでいる景色が見えた。
彼からグラスに、ほんのすこしのヘネシーを注いでくれる。
しかも、おともに、杏里が好きな店のチョコレートを出してくれた。
前もって、そのつもりだったことが窺えた。
「結婚して七年か。まだ十年でもないんだな」
「そうですね」
「情けないところをみせてしまったよ」
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