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そこから、夫はうつむいたまま動かなくなったし、喋らなくもなった。
「私が好きなもの。知っていてくれて嬉しい。少しもらっていきますね」
彼と半分になる量を残して、杏里はチョコレートをいくつかつまむ。
グラスを持って、夫の寝室を出る。ドアを閉めるときも夫は項垂れたままで、ただただ月明かりが彼を包んでくれているだけだった。
灯りが消えたダイニング、暗がりのなかでひとり、杏里は夫が注いでくれたブランデーを口に含みながら、チョコレートを味わう。杏里の心も泣いている。でも涙は絶対に出すものか。
杏里も悟った。あの人と美紗はもう上手く行っていないのかもしれない。だからって、妻をどうにかしようともできない。彼は優しい男だ。なのに胸が痛い……。『女としての人生を狂わせた』なんて言って欲しくなかった。どんな人生であれ『杏里という女が選んだ生き方だから、俺は認めているよ。夫だからな』と言って欲しかった自分がいることも自覚した。それを言ってくれないことを哀しんでも、自業自得じゃないか。それがわかっているから泣くに泣けない。
そう。わたしたちは、歪んだ関係を三人一緒に選んだ時から『自業自得』なのだ。あのときはどうにか逃げたいことがあって、三人一緒に手を繋いで逃げ出しただけなのだ。
「義姉さん、大丈夫?」
子供たちと一緒に眠っていたはずの優吾がダイニングに現れた。
一人悶々としている杏里を知ってか、彼も灯りをつけずに杏里のそばに座ってくれた。
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