⑭愛人のしあわせ

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 なのに、毎晩、杏里と優吾が作る夕食を食べに帰ってくる。パパとママと、息子ふたりと、同居している叔父ちゃんと、食卓を囲んで家族団らんをする。こんなこといままでなかった。次男の一清はまだ無邪気だが、来年は小学校にあがる一颯は『パパ。毎日帰ってくるようになったね』と不思議そうにしていた。  優吾も落ち着きがない。こんなことは、杏里と契約の結婚をしてから初めての変化なので『もしかして……』とよからぬことを思い浮かべ不安そうにしている。  それは杏里もだった。なんだろう。この胸騒ぎは。  あれから、就寝前のほんの少しのブランデーがやめられなくなった。  自室のベッドルームでほんのすこし口に含んで、チョコレートやドライフルーツにナッツを頬張る。窓辺に音もなくしんしんと降る雪をひたすらみつめて、無心にみつめて、眠気を待った。  すぐそこの寝室に、毎晩毎晩毎晩毎晩、あの人がいる。静かに落ち着いたあの人が、この家に当たり前のように毎晩帰ってくる。 ---❄  年が明けた頃だった。すっかり雪深くなり真っ白に染まる小樽の湾港。  陽射しが雪に反射して眩しい晴天の日。美紗が大澤夫妻の自宅までわざわざ訪ねてきたのだ。こんなことも初めてだった。  その時は前もって連絡もあったのか、姑の江津子も息子夫妻の家まで訪れていた。 「おじゃまいたします」  いつもの華やかな服装を心がけていた美紗ではなく、シンプルなカシミアのセーターに黒のフレアスカートとかなり控えめな姿で現れた。その隣には背が高いシェフも一緒だった。  新年のご挨拶にと思いたいところだが、カフェの開店をした時でさえ、シェフと訪ねてきたことはない。
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