⑭愛人のしあわせ

3/7
前へ
/916ページ
次へ
 晴天でたくさんの陽射しが降り注ぐリビングのテーブルとソファーに一同が会する。  美紗とシェフが並んで座り、その向かい側に樹と杏里、杏里のとなりに姑が座った。また今日も優吾が神妙な面持ちで、お茶を準備してくれる。子供たちは子供部屋にいるように叔父ちゃんに言いつけられて、いまはそれを守って遠くにいてくれる。  優吾がお茶を配っている途中だったが、余計な前置きは要らないと決めていたのか、美紗から切り出した。 「いままでお世話になりました。小樽を出て行くことにいたしました」  やっぱり。そう思いながらも、杏里は茫然としていた。  すぐに見たのは隣にいる夫、樹の顔。彼はただ美紗をまっすぐに見つめ黙っていた。その顔を見てやっと杏里も認める。『破局していたんだ』と。ふたりはもうずっと前に別れを済ませていたのだ。  義母はいつもそう。どんなことが起きてもいちいち驚かない人だ。人生の荒波をここにいる誰よりも乗り越えてきた女性だ。今回もただ黙っているだけ。いつも以上に義母の心のひだが読み取れないほどに無表情だった。  優吾は杏里と一緒か。おかしいなと思って不安になりながらも『そんなはずはない』と信じていたのに、覆された驚きでいまここにいる。  対して美紗は清々しい笑みに輝いている。 「シェフの生まれ故郷の小豆島で、新しい店をしていくことにしたんです」  そして、また杏里は衝撃を受ける。一緒に頑張って育ててきた坂の上のカフェを辞めて、新しい場所で新しい店を持つと? 裏切られた気持ちにもなった。  なのに……。どうして……。  涙が滲んだ杏里の胸を覆ったのは『彼女と会えなくなる寂しさ』だった。
/916ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5113人が本棚に入れています
本棚に追加