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もうどうしようもないまま、ついに美紗が玄関に立ち、去ろうとしている。
そこに子供部屋にいた息子たちが、優吾に連れられて出てきた。
「みーちゃん、叔父ちゃんが……、みーちゃん引っ越しちゃうって」
「みーちゃん、遠くに行っちゃうの? もうお店にごはん食べに行ってもいないの」
笑顔だった美紗が、長男の一颯と次男の一清を見た途端に、その目を潤ませた。
小さな息子たちの目線へと彼女が跪くと、ふたりをその胸に一緒に抱きしめた。
「うん。四国の小豆島というオリーブがいっぱいの小さな島に、シェフと新しいお店を作りに行くの。大きくなったら来てね。みーちゃん待ってる」
六歳の一颯が、美紗の後ろにいるシェフへと見上げた。
「シェフのレモンジェラート、もう食べられないの」
「ぼくは、みーちゃんのナポリタン、まだ食べたい!」
樹と杏里の目の前では笑顔を努めていたのに。愛しい男の息子だからと可愛がってくれた長男と次男の言葉に、美紗が泣き崩れた。シェフの目にも涙が――。
「後に来る新しいシェフが作り方を知っているんだ。シェフの後輩だからおなじ作り方を知っている。それに、小豆島で待っているよ。四国はレモンがいっぱいあるから、作ってあげるよ。船に乗っておいで。港にすぐに迎えに行くよ」
シェフも美紗と息子たちを包むように抱きしめてくれた。
大きくなったら遊びに行くよ。その約束を息子たちと交わして、美紗が今度こそ玄関に立つ。
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