⑭愛人のしあわせ

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「あなたたちも、お母様も、いつかいらして。お母様も、私を何度も助けてくださって、ありがとうございました。このご恩は忘れません」 「美紗と待っています」  肩を寄り添わす二人が見つめ合い、揃って頭を下げ別れを告げて去って行く。  美紗の背中を見送り、杏里は自室へ駆け込んだ。  そこで存分に泣いた。素直におめでとうが言えなかった。すぐに心に浮かんだのに。正妻がおめでとうと言うことに、一瞬の躊躇いが生まれた。愛人に言いたくないではない。愛人に甘んじていた彼女に、清々しくおめでとうなんて言ったら、それこそ正妻が喜んで追い出しているみたいで。夫の最愛の彼女なのに、その別れを祝っている妻みたいで。本当は樹のように『おめでとう』と心から言いたかった。笑顔で送り出したかった。  でも。やっぱりあなたのこと、私も敬愛していた。夫の愛人でも――。 『ゆご君、ママ、泣いている』 『だめだよ、そっとしておこう。みーちゃんは、ママの親友で仲良しだっただろう。遠く離れていくから寂しいんだよ。哀しんだよ』 『僕だって。みーちゃん、ずっと一緒だと思っていた』 『ぼくも……。ぼくも……。みーちゃんすき』  部屋のドアの外、すぐそこで子供たちが戸惑っている声が聞こえる。  優吾が子供たちを慰め、ママをそっとしておくように言い聞かせてくれている。  ママの親友。子供たちにはそう教えている。  みーちゃんがパパの恋人で愛していた人だなんて微塵も知らない。  これからも、息子たちにとっては、ママと仲が良いお友だち『みーちゃん』。でも、それは嘘でもなかったのよ。そう、親友でもあった。  杏里は離別の時にきて、やっと認める。だから泣いている。
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