⑯花は見ている

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 杏里になんの片鱗も見せずに、優しい微笑みを貫いていた美紗が人知れず苦悩した果てに、彼女も憑きものが取れたから旅立つことができたのだろう。  樹も、杏里も。そう……。しっぺ返しを食らって、あるべき正しい姿がどれだけ人の尊厳を保ち敬うものなのかと痛感させられた。  遠藤親方が紅茶を淹れ終えて、そんなことを無言で思い合っている夫婦のそばへと戻ってくる。 「社長、寒かったでしょう。どうぞ」 「ありがとう。親方」 「杏里さんも。暖まったら、お子様が目覚める前に帰ってあげてください」 「はい。そうします」  どこまでも優しい微笑みを見せてくれる親方は、まるで夫妻の兄貴のような姿だった。  夫妻で向き合って、無言で紅茶を味わっていると、また事務所のドアが開いた。 「あれ。開いてる。また親方、徹夜をしたんですか」  マフラーを暖かそうに巻いている花南だった。  まだ朝の五時だ。あまりにも早い時間に現れたので、杏里も樹もそろって呆気にとられていた。  首にはカメラをかけていた。それが二十歳のお祝いに父親が贈ってくれた一眼レフだと杏里は気がつく。ほんとうに日常的にそばに置いて大事にしていることがわかる姿だった。  そんな花南が現れて、親方は呆れた顔を見せる。 「また花南こそ。早すぎる。きちんと眠っているのか」 「どうせ今日は火入れの当番で鍵を持っている日ですから。早ければ早いほどいいと思って」  杏里にも樹にも見せなかった年相応の可愛らしい顔つきだったので、また夫妻で顔を見合わせてしまったのだ。  彼女も中に入って、オーナー夫妻がいることに気がついた。彼女も目を丸くして驚いている。
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