⑯花は見ている

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「え……。あ、あの。お、おはようございます。先日は失礼いたしました」 「おはよう、花南さん。早いのね。火入れの当番だったのね」 「はい。焼き戻し炉の火入れ当番だったんですけれど。でも親方が火をつけっぱなしにしていることがほとんどですね。たまに親方の気まぐれで帰宅しているので、やっぱり当番にして早出することになっています。時間外は好きにガラスを吹いて良い決まりなので、早く来ればそれだけ吹けますから」  まあ……。この子も師匠譲りのガラス馬鹿かもしれないと、杏里は感心してしまった。  遠藤親方もカップ片手に、ご自分のデスクに腰をかけた。 「花南もいるか。紅茶を淹れたところだよ。ミルクも入れてあげようか」  あら。なんて親しげな。と杏里はふと気がついた。  業務時間外。どんなときもガラスを吹きたい師匠と弟子が、多くの時間、向き合ってきたことがわかる様子だった。  だが花南は父親のような師匠の気遣いよりも、親方の手元にある切子グラスを見つけて目を輝かせた。 「切子、していたんですか!」 「ああ。さっきできたところだよ」 「見せてください」  無表情で達観している彼女が感情を露わにして、親方のデスクに飛びついてくる。安易に触れないで、机の縁に手をついて、透明なグラスへと目を凝らす。その眼差しがきらきらと輝いている。 「素敵。やっぱり親方の切子って凄い」 「そうか? なんか久しぶりにムキになったから、力みすぎたような気もして……」 「あ、感情が入りすぎると、作品に現れて使う人の心を乱してしまうということですか」 「そう。これは駄目かな。なんかこう、柄がくどい気がする」
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