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「そうですかあ? 私には、優しい親方がここまでムキになってこだわったからこそ細やかで、無心な透明感があるなあと一目で思ったんですけれど。綺麗! と、思わせた瞬間があれば充分ですよね」
「生意気だな、ほんとに」
なんか凄い会話をしていると、杏里も樹も唖然としていた。
もう芸術家同士の会話だと思った。それをあんな若い子が、熟練の師匠と対等に! あんなの見せつけられたら、それはもう『社長のおじ様』であっても言い負かすわと納得の堂々さだった。
それに――。遠藤親方の嬉しそうで楽しそうなお顔。
娘のよう。たとえ疑似でも、彼女が来たことで親方の心を満たしているのだと通じた。
そのうちに花南がカメラを構えた。
「今回も撮っておきますね」
「お、頼む。どう写るかな」
「また売れちゃったら、もう会えませんもんね」
「それが製品だよ。職人の気持ちは、お客様の愛着のもとで残る。それが正解だ」
「だからこそ、撮影しておきますね」
花南がカメラを構えて、親方が一晩中向き合っていた切子グラスを撮影している。
紅茶を飲みながら、杏里も同じように思う。
親方が奥様を感じながら造ったグラスには、彼の純真な愛が通っていて、鋭く緻密で繊細な輝きを放つのに、使う人には優しさを感じることができるだろうと。
花南はそんな大人の男性の事情を知らなくても、『これは透明な無心』と感じ取っているのだ。
この師弟はきっと相性がいい。これから、この子は伸びると確信した瞬間だった。
「あの子、心根が既に芸術家なんだな」
夫も芸術家たちの熱気に当てられて、頬が紅潮している。ビジネスマンにはないセンスを見せつけられたからなのだろう。
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