⑯花は見ている

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「そうですかあ? 私には、優しい親方がここまでムキになってこだわったからこそ細やかで、無心な透明感があるなあと一目で思ったんですけれど。綺麗! と、思わせた瞬間があれば充分ですよね」 「生意気だな、ほんとに」  なんか凄い会話をしていると、杏里も樹も唖然としていた。  もう芸術家同士の会話だと思った。それをあんな若い子が、熟練の師匠と対等に! あんなの見せつけられたら、それはもう『社長のおじ様』であっても言い負かすわと納得の堂々さだった。  それに――。遠藤親方の嬉しそうで楽しそうなお顔。  娘のよう。たとえ疑似でも、彼女が来たことで親方の心を満たしているのだと通じた。  そのうちに花南がカメラを構えた。 「今回も撮っておきますね」 「お、頼む。どう写るかな」 「また売れちゃったら、もう会えませんもんね」 「それが製品だよ。職人の気持ちは、お客様の愛着のもとで残る。それが正解だ」 「だからこそ、撮影しておきますね」  花南がカメラを構えて、親方が一晩中向き合っていた切子グラスを撮影している。  紅茶を飲みながら、杏里も同じように思う。  親方が奥様を感じながら造ったグラスには、彼の純真な愛が通っていて、鋭く緻密で繊細な輝きを放つのに、使う人には優しさを感じることができるだろうと。  花南はそんな大人の男性の事情を知らなくても、『これは透明な無心』と感じ取っているのだ。  この師弟はきっと相性がいい。これから、この子は伸びると確信した瞬間だった。 「あの子、心根が既に芸術家なんだな」  夫も芸術家たちの熱気に当てられて、頬が紅潮している。ビジネスマンにはないセンスを見せつけられたからなのだろう。
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