5111人が本棚に入れています
本棚に追加
杏里もだった。若いのによく見ているというか、わかっているというか。樹はもう穴があったら入りたいと言わんばかりの、ばつが悪そうな顔をしている。
でも、杏里と樹、目が合ったそこで、揃って笑い始めていた。
「やだ。花南さんったら。どんな顔で写っているの? 見てみたい」
「いいですよ。情けない夫のおしおき写真として持って帰ります? 親方にデータを渡しておきますから、メールで届けられますよ」
「いや、ちょっと待ってくれ。それ、先に俺に見せてくれないか」
「え~……。どうしてですか。私、奥さんの味方ですけど」
そこで遠藤親方がもう我慢できないと笑い出した。
「すみません社長。あの、諦められたほうがよろしいかと。聞きましたよ。先日、花南が、杏里さんのドレスを借りにお邪魔したときに。『社長が奥様の目の前であれこれ誘ってきて腹が立った』と怒って帰ってきたんですよ。この子」
えー。大澤家では堂々として無感情に振る舞っていたのに? やはり信頼している親方の前では、花南も相当な感情を露わにして怒っていたと知り、杏里は改めて驚かされる。
そして夫はやっぱり恥ずかしさを覚えたのか、額に滲み出ていただろう汗を手の甲で拭っている。こんな夫の姿も珍しかった。
「いや、本当に申し訳なかった。あの時は。どうかしていたんだ」
「しかもお子様もいましたよね。最悪だったんですけど」
「反省しています。はい。二度としません」
するとまた花南がカメラを構えて、そんな樹にシャッターを押したのだ。また樹が驚いて飛び上がる。
だめだ。杏里は笑いが止められなくなってくる。子犬ちゃんと思っていた若い子に、こんなにやり返されて慌てる大澤社長さんの姿なんて。
「反省のお顔も撮りました。奥様、送りますからね!」
「はい。ありがとうございます。花南さん」
もう遠藤親方がずっと肩を揺らして笑いを堪えているのも、杏里にはおかしくて。ああ、この子って。こうして親方を癒やしているのかもしれないとさえ思えた。
最初のコメントを投稿しよう!