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親方に『社長に失礼だろ』と怒られていたが、杏里には心強い味方になってくれたことがわかったし、樹に関してはもう花南には頭があがらないみたいで『反省のために自宅のデスクに飾っておきます』と従う始末。またそこで、親方と杏里は笑いに誘われていた。花南だけがひとり生真面目な顔で『反省してくださいね』と樹を睨んでいた。
だが夫はそれをほんとうに自宅書斎のデスクに飾って、いまはそんな自分を慈しむように微笑みながら見つめている時がある。
『カメラって不思議なんだな』とかなり興味をそそられたようだった。
そのせいで。杏里がガラス工房に顔を出すと、スーツ姿の夫がお茶を飲んで休憩している姿を見かけるようになった。
「樹さん。また来ていたの」
「うん。ライカで撮った写真を見てもらいたくて来てしまったんだ。花南ちゃんの写真も見せろ見せろと頼んで、今日やっと、写真集を見せてくれるっていうからさ」
「また……。彼女も業務中なんだから邪魔をしないでください」
「でも、差し入れは持ってきてあげたんだぞ。温かい鯛焼きを買ってきてあげたら、さっき喜んで咥えて工場に行っちゃったよ。『お魚咥えたどら猫かよ』と笑ってやったら、またツンとされちゃってさ」
花南も樹に慣れてきたのか、つんとしながらも夫の差し入れは喜んで受け取って兄弟子たちと分け合って楽しんでいるようだった。
樹もだった。花南をちょっとからかいつつも、気負いしない兄貴のような顔をして親しげにしている。子犬ちゃんたちにかっこつけていた社長さんという雰囲気とはまた異なっていた。お土産も『鯛焼き』だなんて、気取らないものを選んで気楽に接している。だから杏里も大目に見ていた。
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