⑰心に春風

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 そんな家族として、夫と妻としての会話も自然にできるようになっていた。彼がそばにいても、彼も杏里がそばに寄ってきても、どちらもなんとも思わない。それでもまだ、薄い空気の壁がある。未だに男と女の営みは成立していない。  アクアマリン色の海が続いた写真のページをめくると、次は花々の写真。今度は海ではなかった。どこかの庭の写真だった。  そこにマグノリア、木蓮が優美に咲き誇る写真が一枚あった。これが彼女のあの創作の源か。さらに様々な花の写真を追っていると、着物の女性が花を生けている後ろ姿があった。顔はわからなかったが厳格で品の良い年配女性が、綺麗な手つきで剣山に花を生けている。生け終わった花の姿も撮影されていた。 「きっとお母様ね。やはり古くからあるお家の奥様ってかんじね」 「うん。でも娘を自由に送り出す、見送る親の強い気持ちもお持ちなんだろうな。見かけじゃない、真ん中にしっかりした芯がある。着飾っても着飾らなくても、なにが美しく強いのかを教えられるお人なんだろうな」 「そうね。私も息子たちにそうしてあげられる母親でありたいかな」  そこで夫が『ぷ』と小さく笑いをこぼした。杏里は首を傾げる。 「いやいや。花南ちゃんみたいに、気が強いのもな」 「あら、いいじゃない。あれぐらい強くなければ、社会の荒波に負けてしまいますわよ。特に女性ならばあれぐらいは……」  でも杏里もちょっと笑いたくなる。また花南が気高く胸を張って、子犬ちゃん拾いをしていた夫を手酷く叩き落とした時のことを思い出したのだ。あれほどの女の子はなかなかいない。  でも夫もあの時のことは既に『弱み』になって気にしているので、杏里はそこで言葉を止める。
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