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「ん、これは……」
夫が眺める花南の写真ファイルは最終ページに辿り着いていた。
最後は一枚しか写真が保管されていなかった。
小さな男の子を青い海の渚でだっこしている黒髪の男性だった。自分たちよりもう少し若い大人の男性。
男の子が笑って、カメラを構えているだろう彼女に向かって小さな手を伸ばしている。口元が『かなちゃん』とでも言っていそうで。そんな無邪気な男の子を、黒髪の男性が愛おしそうに見つめて微笑んでいる。
樹も気がつき、杏里も。でも、何故かふたりはそこで黙り込んだ。
「義兄さんかな。じゃあ、この子は姉が遺した……」
あれから副社長を務めているという倉重の義兄から『厨房の料理人が気に入ったようなので、まとめて注文をしたい』との大口注文をもらっていた。
小樽に来るまでは、豊浦の実家で母親とこの義兄と一緒に子育てを手伝っていたという花南。その時に撮ったのだろうか。
男の子は花南に懐いているようで、義兄も奥様を亡くされただろうが、穏やかな笑みを浮かべて男の子をだっこしている。そこにはしあわせな空気が漂っていた。
でも。彼女はこれを置いて、ひとり小樽にやってきた。こんな煌めく日々があっただろうに、どんな気持ちで置いてきた?
大澤夫妻は、その写真一枚から、そんなことまで思いついてしまったのだ。夫と確認しあわずとも、彼がその写真を切なそうに見つめていたからわかる。
「花南にも、なにかあったんだろうな。ひとりでこんな遠くに来るぐらいだから」
「そうね……。だからこそ、ここを居場所にしておいてあげないと」
「でも、知らないふりをしておこう。だが邪魔にならないよう、そっと見守ってあげよう」
「そのつもりです」
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