⑰心に春風

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 夫はもう目に見えて権威を振りかざすような手助けをしようとはしない。若い子を支えるとは、金銭がいちばん役立つケースも確かにあるが、そうではない気持ちが若い子を助けることもあるだろう。  樹はそんな大人のおじ様に落ち着いていた。 「やっぱり写真は凄いな。花南が凄いのか? 彼女だからこんな写真が撮れるのかな。不思議だ」  写真一枚から、彼女がどうして小樽に来たのか。ふと知ってしまう。心を暴かれてしまう。樹もカメラと写真のそんな魅力に取り憑かれているのがわかる。  でも杏里はそんな樹を微笑ましく眺めている。  ライカの種類も花南に『聞くより自分で用途を調べたほうが、男性はすっごくこだわりをもって楽しく揃えられると思いますよ』と突き放されていた。たが、そのとおりになってきているようで、樹の部屋にはもう既にいくつかのレンズが揃えられていた。  まだ拙い手つきで、まずは息子たちを撮影している。そんな息子たちを沢山撮りたいことと、いろいろな景色を撮りたいからと、休日も家族でドライブに行くことが増えた。  良い趣味に出会えたのだと思う。愛にばかり向き合っていた日々から、優しくゆっくりと流れていく父親としての日々に変わって、落ち着いて歩み始めている。  杏里も同じ。契約妻だからなんて縛りはまずは横に置いて、子供たちにとっての『パパとママ』である日々を心がけている。  そしてそれは、とても優しく柔らかな毎日だった。  だから今日だって。本当はおたがいに仕事中のはずなのに、こうして気兼ねなく寄り添って写真を眺めていたのだ。  それすらも、杏里の心には春風が吹いているような暖かさを覚えている。
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