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夫妻で和やかに寄り添っていたのに。急に夫が、樹が、ちょっと緊張した横顔に固まって、唐突に杏里に提案してきた。
「結婚記念日がもうすぐだろう。子供たちは優吾に預けて、ふたりでゆっくり、ニセコにあるフレンチでもどうかな。予約しておくよ」
久しぶりに杏里は彼の隣で硬直した。契約妻でいるときの、彼に対して一線引いている緊張感を日々装備していた気構えが蘇ってくる。
でも、いまそれを『取り払ってくれないか』と夫に申し込まれているのだと気がついた。
結婚記念日か。いままでは、感謝を伝えるためだけに贈り物をしていただけだった。ふたりきりで祝ったことなどない。
でも杏里は静かに目を瞑って『はい』と答えていた。
妻であることから、もう逃げたくないから。
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