⑱契約終了

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 珍しいなと思った。杏里はあまり指輪を好んでつけない。仕事をしているため、人の目に触れやすい指先は華美にしないよう努めていたからだ。だから目立たないブレスレットやネックレスにペンダントを、樹が選んできてくれたはず。  『指輪』。そこに、樹の気持ちがなんであるか、杏里もうっすらと感じ取った。  プレゼントの確認をしあう夫妻を見届けたからなのか、ホールスタッフがドリンクのサーブに来てくれる。  そこからは、ゆっくりとした食事の時間が流れる。  アミューズから始まる野菜中心のコース料理は、目も舌も楽しませてくれた。樹との会話もいつもどおり和やかに。  仕事の話も交えながらは、彼と杏里らしいスタイルかもしれなかった。 「素敵なお店ね。今度はお姑様と優吾君、子供たちも一緒にまた来たいわね」 「そのつもりだよ。でも、まず杏里と来たかったんだ」 「いつの間に探していたのかしら。お仕事も忙しいはずなのに」  ちょっとからかうように杏里は笑ってみた。 「そりゃ……。飲食業を営むかぎりリサーチは必要だろう。……じゃないだろ。杏里と今日の食事をどうしようかずっと考えていたからだよ」 「ふふ。私のために、ありがとうございます」 「疑ってるな? ほんとうに、今日のために探したんだからな」 「いえいえ。信じています。あなたも、もう花南さんに怒られたくないでしょう」  花南と言うだけで、最近の樹はびくっと気持ちが正されてしまうようで、杏里も殺し文句に使わせてもらうことが多くなってしまった。  夫婦としての軽やかな会話で雰囲気も馴染んでいくので、杏里も楽しい時間を過ごした。  最後、お洒落なデセールが出てきてから、雰囲気が変わっていく。
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