⑱契約終了

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 そこから樹が様子を変えていく。美紗は少しずつ彼から離れていく。ついには身体の関係がなくなる。  一気に離れられなかったのも、彼女の恋情か。愛しているから、ずっと恋していたから。それに彼女が頼れるのは樹だけだった。生きる力も持っていなかった。いきなりは無理……。でも時間をかけて、この不自然な関係は終わらせなくてはならない。最初からその覚悟をしていたと?  そんなことを何も感じずに、彼女と友情を育んで『この関係も悪くはない。これは私たちだからこそできること』と杏里は思い込んでいたのだ。 「そんな……。私、なにも感じないで、彼女に、甘えてばかり、だった……?」  急に心を乱し始めた杏里に気がついた樹が顔色を変え、姿勢を正し、テーブルの上で震えている杏里の手をすぐに握ってくれる。 「お願いだ。自分を責めないでくれ。責めるなら『契約を実行した』俺を。美紗には言われている。杏里ちゃんとも別れるのは辛いから、いきなり告げて別れる。あの日の美紗の言葉どおりだ。杏里に感謝していると強く伝え続けてほしい。ずっと俺のそばで療養生活として、そのままずるずるとそばにいるだけの生活に甘んじていたけれど、女性として働き続ける杏里に憧れていた。自分は『愛した男性のお嫁さんになる』ことばかり考えていたけれど、社会で生きる女性としての姿を教えてくれたのは杏里だと。女同士の楽しい時間を過ごせたのも杏里だけ。可愛い子供たちとの楽しい時間も杏里が許してくれたからだと。私の夢を詰め込んだようなお店を持たせてくれて働く楽しみを与えてくれたのも杏里だったと。十代のころから俺と一緒に縛られていた生い立ちの呪縛から解き放ってくれたのは、杏里だった。絶対に杏里が気に病むようなことがないように頼むと――」
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