⑱契約終了

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「……でも、すべて、美紗さんが……」 「最初に、杏里の『恋』を捨てさせたのは、俺と美紗だ。俺たちが『恋』を失うのは当然の報いだ。終わったんだよ。俺たちの関係は、約束も、契約も――」 「違う。私が最初から『恋』は要らなかったの。だから契約できたんでしょう」 「だったら、もう、その契約も終わりだ。杏里は自由だ」  だから、今日なの?  結婚記念日を選んで、こうして向き合ってくれている? 「だから杏里。ほんとうに、自分の恋を望むなら。俺は離婚の覚悟もできている。まだ女性として恋をすることができると思う」 「ひ、ひどい……」 「離婚するなら『ひどい』と思ってくれるのか。だったら言わせてくれ。また俺との結婚生活を続けてほしいと――」  だから『指輪』。これは樹からの再プロポーズ?  まさか、そんな決意を秘めてこの日を準備してくれていたのかと、ちょっと距離を縮める程度の休暇だと思っていた杏里だったから、茫然として夫を見つめた。  そのまま杏里の手を握りしめ、樹は続ける。 「俺は、杏里のことだって女性として見ていた。子供たちの母親なのだから。契約といいながら、『その時』は杏里を妻として母として女として愛した。……美紗が去ったから、杏里ひとりだけになったから、そう言えるんだろうと言われればそれまでだが。杏里に届かなくても、今日はそう言わせてくれ」  杏里だって。『限定的な関係』と割り切っていたが、その時の樹は、ほんとうに杏里を大事に、そして優しく愛してくれた。  それがあったからこそ。妻を続けてこられた。そのほんのちょっとの熱愛を身体に宿して保ち続けてきたから『女』として生きていけた。彼のその愛があったから『男』として、ときめいてみつめることができていた。  でも契約妻だから、その想いは持ったら沈めてきた。奥底に深く遠く小さく砕いて。見えなくなるまで隠した。
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